広島地方裁判所 昭和58年(ワ)438号 判決 1984年5月26日
原告
儀保次郎
ほか一名
被告
有限会社加藤建設
ほか一名
主文
一 被告中道正敏は、原告ら各自に対し、金四四九万七〇四五円及びうち金四〇九万七〇四五円に対する昭和五七年二月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らの被告中道正敏に対するその余の請求及び被告有限会社加藤建設に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告らと被告中道正敏との間に生じた費用はこれを五分し、その四を原告らの、その余を被告中道正敏の負担とし、原告らと被告有限会社加藤建設との間に生じた費用は全部原告らの負担とする。
四 この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは各自原告ら各自に対し、金二〇八一万四九六三円及び各うち金一九三一万四九六三円に対する昭和五七年二月一五日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告らの地位
原告儀保次郎は、訴外亡儀保正明(以下「亡正明」という。)の父、原告儀保サキ子は、亡正明の母である。
2 交通事故の発生
日時 昭和五七年二月一四日午前三時四〇分ころ
場所 広島市西区南観音三丁目一番三三号先交差点
態様 被告中道正敏が亡正明らを普通乗用自動車(以下「本件自動車」という。)に同乗させて進行中交差点左前方のコンクリートブロツクに衝突させ、同乗していた亡正明を即死させた。
3 責任原因
(一) 被告中道正敏
被告中道は、スピードの出しすぎなど安全確認義務に違反して運転した過失によつて本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条により、本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償すべき義務がある。
(二) 被告有限会社加藤建設
被告有限会社加藤建設(以下「被告会社」という。)は、本件事故当時、本件自動車を保有し自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により、本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償すべき義務がある。
4 原告らの損害
(一) 亡正明の逸失利益
亡正明は、死亡当時二〇歳の健康な男子であり、当時従事していたバーテン及びキヤデイの職業はいずれも臨時的なアルバイトであつたから、昭和五六年賃金センサス第一巻第一表中、企業規模計、男子労働者、旧中、新高卒一般に拠り、生活費控除率を五割としホフマン係数を用いて逸失利益を算定すれば、金四一八二万九九二六円となる。
原告らは、亡正明の両親として、これを二分の一ずつ金二〇九一万四九六三円宛相続した。
(二) 慰藉料
亡正明の死亡により、原告らが父母として受けた精神的苦痛を慰藉すべき金額としては、各自金八〇〇万円が相当である。
(三) 葬儀費用
亡正明の葬儀のため金八〇万円を要し、これを原告らは各金四〇万円宛負担した。
(四) 損害の填補
原告らは、損害の填補として、自動車損害賠償責任保険から金二〇〇〇万円、原告ら各自金一〇〇〇万円宛の支払を受けた。
(五) 弁護士費用
原告らは、本訴の提起、追行を原告ら訴訟代理人らに委任し、その報酬として金三〇〇万円を支払うことを約し各自金一五〇万円宛負担することとなつた。
よつて、原告ら各自は、被告ら各自に対し右4の(一)ないし(三)の損害合計額から(四)の填補額を控除し、その残額に(五)の金額を加えた損害賠償金二〇八一万四九六三円及びこのうち(五)の金額を除く金一九三一万四九六三円に対する不法行為の後である昭和五七年二月一五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2記載の事実は認める。
2 同3(一)記載の事実は認めるが、同3(二)記載の事実は否認する。
本件自動車は、訴外野中建設こと野中一夫の所有であり被告会社の所有ではなく、また、被告会社は、中国自動車道工事のため右野中一夫を下請として使用していた時期もあつたが、昭和五六年一二月に同工事が完了したため、事故当時は全く無関係となつていた。
3 同4(一)記載の事実のうち、亡正明が死亡当時二〇歳であつたこと、原告らが亡正明の両親で相続人であること、は認めるが、その余の事実は否認又は不知。同4(二)及び(三)記載の事実は否認し、同4(四)記載の事実は認め、同4(五)記載の事実は知らない。
三 抗弁
被告中道は、本件事故前日の昭和五七年二月一三日午後八時すぎころ、亡正明がバーテンとして勤務しているスタンド「きよみ」に友人二人と共に赴き、そこでボトル一本余りのウイスキーを飲酒した。その後の翌一四日午前一時ころ、被告中道ら三人の客、「きよみ」のホステス二名及び亡正明が相談のうえ広島市内に飲みに出ることとなり、客の一人が運転する乗用車で広島市内に出かけ、スナツクで飲酒した後同日午前三時ころ帰途につき、その途中本件事故が発生したものである。
右に述べたとおり、亡正明は、被告中道らが亡正明の勤務しているスタンドで既に多量の飲酒をしているのを知りながら、更に一緒に飲酒のため出かけ、その帰途被告中道運転車両に同乗していて本件事故に遭遇したもので、通常の好意同乗者とは異なり、共同運行供用者に近い無償同乗者である。したがつて、本件事故により原告らが被つた損害は過失相殺の法理により五割以上減額されるべきである。
四 抗弁に対する認否
否認する。亡正明らスタンド「きよみ」の従業員は、被告中道ら三名の客の執拗な勧誘により広島市内まで出掛けることとしたものであるところ、亡正明は、女性二名の附添いとして赴いたもので仕事の延長線上にあり、出発に際してはタクシー利用の提案もしている。したがつて、亡正明に非難さるべきところはない。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因1、2及び3(一)記載の事実は当事者間に争いがない。
二 被告会社の責任
いずれも成立に争いのない乙第一ないし第三号証、第六号証(乙第六号証については原本の存在及びその成立をも含む)並びに弁論の全趣旨によれば、被告中道は、本件事故発生当時訴外野中建設こと野中一夫に大工として雇用されており、本件自動車は右野中保有車で、野中及びその従業員らにより営業用車両として利用されていたこと、野中一夫は、昭和五六年一二月まで被告会社の下請工事を行つており、そのため本件自動車が被告会社の仕事のため利用されたこともあつたが、右昭和五六年一二月には下請工事が完了しそれとともに野中一夫及び本件自動車と被告会社との繋りも切れたこと、をいずれも認めることができるが、本件全証拠によるも本件事故当時被告会社が本件自動車の運行供用者であつたことを認めることはできない。したがつて、被告会社に対する原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
三 原告らの損害
1 亡正明の逸失利益
成立につき当事者間に争いのない甲第三号証(原本の存在及びその成立をも含む。)及び原告儀保サキ子本人尋問の結果によれば、亡正明は、死亡当時二〇歳の健康な男子であつたことが認められるので(亡正明の死亡時の年齢については当事者間に争いがない)、亡正明は、本件事故がなければ六七歳までの四七年間は稼働しえたものと推認できる。そして前掲甲第三号証及び原告儀保サキ子本人尋問の結果によれば、亡正明が死亡当時従事していたバーテン及びキヤデイは、いずれも臨時的なアルバイトであつたと認めることができるので、その逸失利益の算定に際しては、労働省の賃金構造基本統計調査報告(賃金センサス、昭和五七年)を用いることとし、それによれば、企業規模計、産業計、旧中・新高卒(前掲甲第三号証により、亡正明は新高卒と認めることができる。)の二〇ないし二四歳の男子労働者にきまつて支給される現金給与額は月額金一五万四九〇〇円、年間賞与その他特別給与額は年額金四〇万六四〇〇円であるとされているから、亡正明は、二〇歳から六七歳まで年間金二二六万五二〇〇円の収入を得ることができたであろうと推認でき、これを基礎として、右稼働期間を通じて控除すべき生活費を五割とし、中間利息の控除につきホフマン係数を用いて死亡時における亡正明の逸失利益の現価額を算定すれば、金二六九九万二一二三円となる。
原告らが亡正明の父母で相続人であることは当事者間に争いがなく、したがつて、原告らは、亡正明の死亡により、右逸失利益を二分の一ずつ、各自金一三四九万六〇六一円宛相続したことになる。
2 慰藉料
本件事故の態様その他本件口頭弁論に顕れた一切の事情を斟酌すると、原告らの慰藉料としては、各自金五〇〇万円、合計金一〇〇〇万円が相当である。
3 葬儀費用
本件事故と相当因果関係にある損害として被告中道が負担すべき葬儀費用は金六〇万円が相当と認められ、原告らはこれを各金三〇万円宛負担したものと認める。
四 過失相殺
いずれも成立に争いのない甲第一、第四号証、乙第四、第五号証(甲第四号証、乙第四、第五号証については原本の存在及びその成立をも含む。)、前掲乙第六号証、証人田中洋子の証言、原告儀保サキ子、被告中道正敏各本人尋問の結果を総合すれば、次のとおり認めることができる。
1 被告中道は、昭和五七年二月一三日午後八時ころ、職場の同僚である桑原親弘及び堀畑定光とともに広島県佐伯郡中央五丁目所在のスタンド「きよみ」(経営者石井清美、従業員亡正明、田中洋子及び片山高妹)に飲酒に赴き、同所で三人合わせてウイスキーを水割りにしてボトル一本以上を空け、翌一四日午前一時ころ右「きよみ」を出たが、その際桑原が店のホステス二名を食事に誘い石井清美の承諾を求めたところ、石井が亡正明が同行するのであればよいと返事したため亡正明がホステス二名の保護役として同行することとなつた。そこで、被告中道ら客三名、ホステス二名及び亡正明の計六名は、全員で広島市内に出ることとなり、タクシーで行こうとの話も出たが、タクシー一台には全員乗れないこともあつて、結局被告中道らが乗つて来ていた本件自動車で出かけることとなり、桑原が運転して出発した。この時亡正明は殆ど飲酒しておらず一旦は運転を桑原に申し出たが、桑原が往路は自分が運転すると主張したため、帰途は亡正明が運転する予定とした。
2 広島市内では、スナツク「フランス館」に入り、全員が飲食した後の午前三時ころ店を出たが、亡正明の酒量はここでも他の者よりも少量であつた。ホステスの一人田中洋子と亡正明とは、店内で、ここで客の三人と従業員の三人とが別れることになれば、もう一人のホステス片山高妹をタクシーで帰宅させ、二人で市内に宿泊して帰ろうと相談していたが、結局全員で帰宅することとなつたため、亡正明も片山のみを客三人とともに帰宅させることはできず田中とともに本件自動車に乗り込んだ。本件自動車を駐車場から乗り出したのは堀畑であるが、同人は運転免許を有していなかつたため被告中道が運転を交替し、以後そのまま被告中道が本件自動車を運転する形となつた。
3 被告中道は、広島市内の地理に不案内であつたため同乗者の指示で車を進行させたが、本件事故現場交差点に至りここを直進するつもりで時速約六〇キロメートルの速度で進入したところ、その直後に同乗者の一人が「そこを右」と指示したため、右指示に従い、軽く制動しながら右に急転把したが曲がり切れず歩道との境界のコンクリートブロツクに本件自動車を衝突させた。
4 本件事故時被告中道が身体に保有していたアルコールの程度は、呼気一リツトルにつき〇・五ミリグラムであつた。
以上のとおり認めることができる。
右に認定した事実を前提として被告中道の原告らに対する不法行為責任の軽減割合について検討するに、本件のように、被害者が加害者運転車両に無償同乗中に発生した事故に関する運転者の不法行為責任を考えるにあたつては、無償同乗の態様及び運行目的を考慮し、過失相殺の規定を準用して運転者の不法行為責任を軽減するのが相当であり、同乗者の同乗過程に過失がある場合も同様である。
そこで本件事故における亡正明の過失割合であるが、亡正明が被告中道らと同行することになつたのは、被告中道の連れの一人である桑原がホステスを食事に誘い、これを承諾する条件として店の経営者に同行を指示されたためで、無償同乗の態様は、被告中道を含めた三人の客の側が積極的に同乗を勧めたというべきものであること、運行目的は主として被告中道ら三人の客の遊興にあつたこと、を考慮すれば、亡正明が無償同乗者であることそのこと自体によつては被告中道の不法行為責任はさほど軽減されるべきではないと考えられる。しかしながら、本件事故の直接の原因は、被告中道が高速で直進する意思で交差点に進入しながら、進入直後右折しようとしたことにあり、飲酒運転それ自体が事故の直接原因ではないけれども、前掲乙第六号証及び被告中道本人尋問の結果によれば、被告中道が右のような過失行為をしたのは、同被告が当時相当量の酒気を帯びていたことが原因となつていることが認められる。そして、亡正明は、被告中道が自己の勤務するスタンド「きよみ」及び広島市内のスナツクで飲酒していることを熟知していたのであるから、そのような者の運転する車に同乗することなく、石井清美から無事に連れ戻すように指示を受けているホステス二人と共にタクシーを利用するなどすべきであり、それが困難であつたとは証拠上認め難いから、この点において亡正明には過失があり、したがつて、被告中道の原告らに対する損害賠償額は相当程度軽減されるべきである。
以上の諸事情からすれば、本件事故における亡正明の過失割合は二割五分と認めるのが相当である。
五 損害の填補
原告らが本件事故につき、自動車損害賠償責任保険から金二〇〇〇万円、原告ら各自金一〇〇〇万円宛の支払を受けて同額の損害の填補がなされたことは原告らの自認するところである。そうすると原告らが本訴において被告中道に請求しうべき損害額は原告ら各自につき金四〇九万七〇四五円となる。
六 弁護士費用
原告らが、原告代理人らに本訴の提起、追行を委任し、かつ、報酬の支払約束をしたことは、弁論の全趣旨により明らかであるところ、本件事案の内容、審理の経過、本訴認容額などに照らすと、本件事故と相当因果関係を有するものとして被告中道が負担すべき弁護士費用の額は、原告らそれぞれにつき金四〇万円と認めるのが相当である。
七 結論
以上の次第であつて、原告らの本訴請求は、被告中道に対し、各自不法行為に基づく損害賠償金四四九万七〇四五円及びうち弁護士費用を除いた金四〇九万七〇四五円に対する不法行為の後である昭和五七年二月一五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告中道に対するその余の請求並びに被告会社に対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 加藤誠)